シン・エヴァンゲリオン劇場版

映画はずいぶん素直で引っかかりのない作りだったが、「エヴァの本当の完結編がこんな作りである事」自体が本当に驚きだった。
タイトルも、イチイチ引っかかりを盛り込んだ「ヱヴァンゲリヲン」から素直な「エヴァンゲリオン」表記に戻った本作は、「『逆襲のシャア』に心酔した庵野秀明」とは別個の作家の作だ。
というわけで、以下ネタバレ遠慮なくいきますので未見の方はご注意を。


昔、「ティム・バートン監督」といえば、ある種の人間にとって強烈な引力を持つ名前だった。特に『シザーハンズ』や『バットマン・リターンズ』、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』といった作品群に代表される、孤独と破滅的ユーモアに彩られた独特の世界に魅了された人はエヴァ世代にも多いだろう。その彼のフィルモグラフィにおいて、始めて「おや?」と思わせたのは『マーズアタック!』、そしてのちの『ビッグ・フィッシュ』で、その違和感は明確に言語化された。「彼は、大人になったんだ」

というわけで、今回の『シン・エヴァ』には『ビッグ・フィッシュ』の強烈なデジャブを感じた。「この監督はこんなことしない」「しかしやっている」「ということは、この監督は変わったのだ」を確認するかのような鑑賞体験。思えば、庵野監督の前作にあたる『シン・ゴジラからして既に大きな変化はあった。コミュニケーションの齟齬を執拗に描いてきた監督が、唐突に*1「力を合わせて立ち向かう人々」を描いている。『逆襲のシャア』に感動し、その剥き出しの人間ドラマにアニメの未来を見た青年庵野秀明は、もうここにはいない。『シン・ゴジラ』が庵野監督にとっての『マーズアタック!』であり、本作が『ビッグ・フィッシュ』であろうことは、本人が望んだことではなく結果にすぎない。

エヴァは「ダメな大人」によってお膳立てされ、「未熟な子供」が右往左往あっちにぶつかりこっちにぶつかる物語だった。本作は違う。
「ダメな大人」に代わり、「ダメな大人を見て育った子供」たちが、「より良くあろうとする大人」として登場する。そしてあとから再登場する元「ダメな大人」たちは、そのダメさを反省し解脱する。基本的に、本作がやっているのはそれだけだ。
演出のタッチも相当に異なり、謎めいたカットはなく、すべてをセリフで説明してくれる。最新流行の『鬼滅の刃』のように。音楽も「TVアニメの映画版」ぽい鋭さが重厚さにとってかわり、編曲や既存曲の選曲も含めて「普通の実写映画」のようだ。

ラストシーン、大人になった主人公 碇シンジはもはや逆シャアの頃の監督の分身でもなければ*2、90年代を代表した非コミュのアイコンでもない。彼はアニメのキャラクターであることをここで終わらせ、現実の世界に駆け出して我々の元を去った。入念に、表面的、衒学的、メタ的すべてのレベルにおいて同じメッセージ、「彼は大人になって現実に帰りました」を発している。

作品にわからないことはない。多層的に同じことを言っているのだから間違えようもない、ともいえる。しかしその作風の変化、その理由はわからない。
バートンのように伴侶を得たり、父親を亡くしたり、といった経験がそのきっかけかもしれない。単に年齢を重ねて、キャラクターに感情移入できなくorできるようになったからかもしれない。東日本大震災が彼の価値観を大いに揺さぶったのかもしれない。
理由はわからないが、これがおそらく不可逆な変化であろうことはわかる。

最後にちょっとだけスタッフ、技術面について。「監督」がたくさんクレジットされていることに驚いたが、その多くが(当然ながら)プリビズのスタッフを兼ねている、ということで、本作はアニメでありながらおそらくは『シン・ゴジラ』と同様な制作フローが取られているのではなかろうか。庵野印のキメキメのレイアウトによる緊張感あるFIX構図や矢継ぎ早のカッティングは今回ぐっと抑えられ、おそらくは各監督たちの裁量に多くが委ねられているように見える。穏やかな作風はおそらくそこにも理由があるのだろう。

どちらにしても、こんなまるで今川監督のような*3、真面目でオーソドックスな「父を越える息子」の物語としてエヴァが完結を見るとは想像もつかなかった。前作「Q」の感想で自分が書いたこと(https://sifi-tzk.hatenadiary.jp/entry/20121216/p2)は、性的要素への興味減退含め*4、当たらずとも遠からず、といったところ。
自分より一回り上の庵野監督のけっこう堂に入った「大人の仕草」を見せつけられて、自分の老後がちょっと怖くなってしまう一作だった。

*1:いや、序・破の時点でその萌芽はあったのだがこちらがフシアナだったので気付かなかった

*2:声が違うのはその暗喩であろう

*3:音楽に参加している天野氏や、エッフェル塔の使い方などは庵野氏も参加したGロボを強く思わせる

*4:なにしろセックスを描かずに妊娠出産を描くのだ。細田守宮崎駿の逆に進んでいる