裏切りのサーカス

はい、やってまいりました『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』、2012年になってのまさかの映画化。もちろん非ハリウッドのヨーロッパ映画です。
↑のM:Iシリーズがアメリカンスパイ映画の王道なら、こちらは007以上に、ブリティッシュスパイ映画の本流といえるあまりにも地味で渋すぎる仕上がり。アクションはほぼ0、主人公は冒頭20分セリフなし、他にもセリフは削られまくりでテロップもなしというバリアフリーのカケラもない頑固親父のラーメン屋みたいな映画だ。
奇しくも*1こちらも本部の支援が受けられないアウトロー・スパイの物語。原作はひたすら主人公スマイリーがあらゆる物事に呪詛の言葉を吐きつつ地味に書類をつき合わせていくばっかりの話なのだが、映像化された本作は役者の生身の肉体があるせいか、原作に忠実な映画なのにも関わらず、印象がけっこう異なる。ハッキリ言って、全編ホモくさいのだ。
主要人物のピーター・ギラムが同性愛者に変更されている他*2、登場人物間のちょっとした視線、意味ありげな目配せ、もちろんそれがスパイ映画としての曰くありげなムードを醸し出しつつも、同時にホモセクシュアルの匂いも濃厚に漂う。
もちろんこの演出は脚本が腐女子だからとかいう*3わけではない。本作のベースとなっている実在の二重スパイ、キム・フィルビー事件の背景をより、色濃く作中に反映させているのだろう。
これは原作者ジョン・ル・カレのMI6在籍時と同時期にMI5にいたと思われるピーター・ライトの『スパイキャッチャー』にも詳しいが、キム・フィルビー事件にはオックスブリッジの同性愛ネットワークが深く事件に関与していた。同性愛をひた隠している高学歴の要人たちの裏ネットワーク。この状況は東側にとって、脅迫のタネとして強力であり、発覚の可能性が低いという二点で、とても魅力的であったろう。この映画版は、その当時の空気を赤裸々に映し出す。特にスパイ映画好き、おっさん萌えの腐女子の方には強くオススメしたい。若美形のカンバーバッチも出てます(なんとホモ化したギラム役)。
一点、原作のスマイリーに比べて映画版のゲイリー・オールドマンはちょっとカッコ良すぎるのがやや残念。スマイリーはチビデブハゲのダウナー系で、だからこそ粘り強くカーラと戦えたのだ、という印象があるので。
あと、この邦題を聞いたかみさんが「なに?サーカスの話?楽しい映画?」と聞いてきたのでシリーズが続くなら配給元はもっと考えてあげてください。

*1:というかこちらはスパイ小説の金字塔なので、もちろんあちらが手本にした可能性が高いのだが

*2:このあたり、ちょっと『V/フォー・ヴェンデッタ』の原作→映画版と似てる

*3:実際、脚色は女性だったりするのだが