フロム・ヘル

読了。山風の明治モノだった。以下、誰も読まない「アラン・ムーア山田風太郎の直系」説を垂れ流し。

歴史上、重大な事件を扱っているのみならず、その時代、その場所に「居合わせたかも知れない」実在の人物を重ね、歴史を俯瞰した上で、のちの歴史の必然として、事件と人物を再構築する。
これは、まさしく山田風太郎が『警視庁草紙』や『幻灯辻馬車』などの明治モノで採った方法論と同じだ。

切り裂きジャック事件をロンドンの近代化と重ね合わせ、そしてヒトラーの懐妊を描き、主人公に現代を幻視させることで、イギリスが突き進んだ2度の大戦への一直線の道筋を読者に示す『フロム・ヘル』と、元岡っ引きと警察との確執を江戸→東京の近代化と重ね合わせ、主人公の出征(西南戦争)を描くことで、日本が突き進んだ軍国主義とその末路を一直線に並べてみせる『警視庁草紙』。
切り裂きジャックが語る娼婦達の「死なねばならぬ理由」は、山風の『太陽黒点』の犯人が語る、「誰かが罰せられねばならぬ」のバリエーションだ。

時代も近い。切り裂きジャック事件が起きたのは1888年西南戦争は1877年。『フロム・ヘル』のガル博士と『警視庁草紙』の駒井相模守とは同世代だろう。ガルの近代化への妄執は、そのバックに政府があることも含めて『警視庁草紙』の大敵、川路利良のイメージに重なる。

あと、陰惨でシリアスなドラマに突発的に挿入されるユーモア。
フロム・ヘル』の巻末マンガでキャトルミューティレーションに言及されたときは1分ほどハラ抱えて笑ったが、この暴力的ナンセンスはまさしく「南無扇子丸」(ナンセンス)とか「甲賀忍法、独筋具!」(ドッキング)とかをしれっと書いてしまう山風と同じ資質だ。というか、ここで両者が俺の中で鮮やかに繋がった。超絶技巧の物語+それを覆すかのようなナンセンスこそ、彼らの根っこなんじゃないか、という気さえする。
アメコミ読まない自分がなんでアラン・ムーアにこんなに惹かれるのか、よーくわかった気がした。ムーア版『魔界転生』といえるLXGとともに、山風信者には激オススメ。

表面は熱くても底が冷えるような山風と違い、魔術の信奉者だというアラン・ムーアの作風はどこか狂熱的だ。ガルの野望、その義務感は燃え上がらんばかりで、「われわれはいま、"地獄"にいるのだ」と喝破するシーンの異様な感動はまさしくムーアオリジナル。
ウォッチメン』のロールシャッハ、『V/フォー・ヴェンデッタ』の「V」、「バットマン:キリングジョーク」のジョーカーなど、「自分は何者で、ここで何をすべきか」を自覚する瞬間の高揚は凄まじい。この「アイデンティティの獲得(再確認)」から常にドラマは動き出し、キャラクターは鮮烈に読者に印象づけられる。

山風には『ウォッチメン』に当たる作品はない(山風はもっと無頼な作家だ)が、『魔界転生』『警視庁草紙』と続いたからには、アラン・ムーアには『妖説太閤記』クラスの歴史転覆ドラマを期待してしまう。とはいえまぁ次は、山風の裏ベスト『忍法笑い陰陽師』にあたるらしい*1『Lost Girls』あたりの翻訳も期待したい。エロ&ナンセンス!

*1:いや、まさか『くノ一忍法帖』ではあるまい