スペース・マシン

クリストファー・プリースト。手に取った理由はそのタイトルと、どう見ても火星のトライポッドにしか見えない表紙絵のせいだが、というあたりで想像されるとおり、本作はH.G.ウェルズの『タイム・マシン』と『宇宙戦争』のテクニカルな融合作品となっている。
タイム・マシン』をトリビュートした先行作品にはあの『タイム・シップ』があったし、昔には切り裂きジャックと絡めた『タイム・アフター・タイム』(1979)なんて映画もあった。『宇宙戦争』なら『シャーロック・ホームズ宇宙戦争』にアラン・ムーア作のアメコミ『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』(LXG)の2巻もあり、このへんの創作続編ものとしては、あの『ドラキュラ紀元』あたりとも通じる。ウェルズじゃなくてヴェルヌ作品なら、スーパーヴェルヌ大戦こと、アニメ『不思議の海のナディア』なんかも。
で、似たような作品が洋の東西問わず数多ある中、本作独自の魅力とは…?というと、実はコレ、けっこう弱い。
現代人の作者が現代の資本主義社会を踏まえて「風刺」として火星社会を描く中盤部分は、ハッキリ言って原典『タイム・マシン』で既に語られている内容と結果的にそれほど大差ないし、『宇宙戦争』でウェルズが帝国主義カリカチュアした現代性も、もはやこの作品の魅力にはなり得ない。
とはいえ、残酷なシーンもバッチリで実にねちっこい火星兵器の殺戮描写や、ラッキースケベの連続を主人公がグッとこらえる歴史モノらしい恋愛描写など、この作者特有のディティール描写はかなり読ませる。いまではSFとは異なる世界で評価されているらしい作者だが、たしかにSF作家としては、イマジネーションをどんどん広げていくタイプではなさそう。
LXGのアラン・ムーアが『フロム・ヘル』で、山田風太郎がさまざまな明治モノで、それぞれ成し遂げたような「現代の必然としての歴史(偽史)」まで行ければ本作の評価はもう少し違ったのかも、と思ってしまった。そういう意味で、読後感の(文学的な)爽やかさがちょっと残念な一作。