機械との競争

機械が人間の雇用を奪っている。そんな19世紀からあった話は、これまでの歴史で繰り返し否定されてきた。
科学技術の進歩は新たな雇用を生み出し、結果的により多くの人間を豊かにしている、と。
だがしかし、そんな時代はもう過ぎ去った。コンピューターの登場によって、現在「本当に」人間の雇用が機械に奪われている、というセンセーショナルな主張が本書のメイン。キテレツな装丁、妙に分厚い紙、スカスカなレイアウト、ページ数もとても少なく、書かれている内容は非常に限られているのだが、それでもかなり衝撃的な本。
データに裏打ちされた、(アメリカの)中間層の雇用がコンピューターに奪われ、効率化で出た富は上位の資本家に集中する過程は、昨今の格差社会の姿でもある。
新しい雇用を人間が生み出し、失業者がその職に馴染むより前に、コンピューターの進化のエンジンとなるムーアの法則がその暴力的CPUパワーで効率化と知的労働の置き換えを進めてしまう。コンピューターは指数関数的な進化をするので、その進化の影響も今後さらに急激になっていくだろう、と。
巻末にそれに対して人間が行うべき施策について提言がなされているが、正直、機械が人間を駆逐するビジョンのクリアさに比べ、未来への提言のほうは、その急激な変化に対して抜本的な対抗策にはとても見えない。まんまディストピア小説のような、苦い読後感を持った。
特に印象に残っているのは、労働力としての「馬」についての話。産業革命時、300数十万の馬が労働力として使われていたが、そこから20年くらいで200万頭以下になってしまったという。このIT革命で、あと10数年で多くの仕事は人間のものではなくなり、人間は馬がたどったような衰退を迎えるのだろうか。持てるスキルが急速に陳腐化している自分にも切実すぎる問題といえる。シリアスゲームの題材にしたいところ。
ところでこのムーアの法則半導体の集積度は18ヶ月で倍々になるという法則)、経済学などではほとんど自明のように使われているが、当の半導体業界ではどうだろうか。新しいCPUは相変わらすハイペースで供給されているが、製造プロセスで問題視されているのは「原子の壁」「光速の壁」だ。空間の最小単位である導線の太さ、時間の最小単位であるクロック数、どちらももはや「物理学的限界」を意識せざるを得ないところまで進化している。それでも尚、ムーアの法則は法則であり続けるだろうか。
個人的には、自分が生きているうちにムーアの法則が崩れ、「人間は一時期、本気で機械と仕事を奪い合っていたんだよ」と笑えるような未来になってほしいと思う。この本が出てから4年経っており、すでに古くなっている*1部分もあるが、今後なにかにつけて振り返る必要がある本だろう。特に、「最近自分の仕事が安く買い叩かれている」と思ってる人は必読。

*1:という事実がすでに、コンピューターの異常な進化速度のあらわれである。