コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと

その傘下に出版の角川、富士見書房メディアワークスメディアファクトリーアスキーエンターブレインに、ゲームのスパイクチュンソフト、5bp.、角川ゲームスフロムソフトウェア、そしてもちろんドワンゴと、いまや日本を代表するメディアコングロマリットである角川ドワンゴグループ、その会長にしてスタジオジブリのプロデューサーでもあり、エヴァの株式会社カラー取締役でもあるという、もはや一人クールジャパン*1(音楽以外*2)といっても過言ではない著者がジブリの鈴木PDに弟子入りして考えた「コンテンツとは?」を平易な言葉で著した考察本。
著者川上氏は面白い人で、とにかく既存の価値をそのまま受け入れない。なぜそれが価値となるのか?なにが必要な条件で、なにが不必要な条件なのか?を独特の工学的視点(京大工学部卒だそうな)で分析し、理論化し、実践することで、ここまでの地位を築いている。
この本自体は、タイトルにも「コンテンツの秘密」とある通り、以前の4Gamerのインタビュー*3で語られたジブリ入りの理由「マスマーケティングとしての日本国民みんなに愛されるコンテンツの作り方」「宮崎駿鈴木敏夫高畑勲の晩年の生き方」を見たい、知りたい、という(いわば表向きの)動機に対してのアンサーになっているが、もっとも大きな見所は本書のスタイル、すなわち「文芸分野を工学的に腑分けしていく」その過程にこそあると思う。その意味で、本書の面白さは分野は違えど、歴史を科学的に腑分けした『銃・病原菌・鉄』にも近い。
中でも、「人間の認識過程を模した」ディープラーニングの成果を元に、人間の認識過程を仮定し、その結果から「小説家になろう」のテンプレ誕生までをも語る中盤部はとてもエキサイティングだ。自分のようなコンテンツ作者にとって「頭に電極」はある種の禁じ手なのだが、実際に頭に電極は差していないものの、2章終盤〜3章序盤で喝破される「人間が感じる<面白さ>の正体」*4は、見てはいけない世界をのぞき見てしまったような、インモラルな刺激がある*5
このあたりが特にそうだが、ニコニコを共同で生み出したひろゆき同様、川上氏のユニークな発想は、やはりその心理的タブーに対するある種の不感症というか、違和感の追求がそのベースにあるのではないかと思う。その意味では、よく比較されるホリエモンの「快感の最大化」ともいえる生き方とはずいぶん違う。基本的にあんまり人間を(他人を、ではなく)信用していないのだ。その立ち位置はまるで光瀬龍などのSF作家を髣髴させるが、川上氏が最近日本SFにハマっている、と語るのもむべなるかなと思う。
最後に本書の気になった点をいくつか。アニメ方面の方の突っ込み募集。

  • 1章:アニメの情報量を増やしたのは宮崎駿が最初!?「キャラクターの線」の話で出てくるが、これは結構唐突。『宇宙戦艦ヤマト』登場時に「複雑な線のメカが動くことにアニメ業界に衝撃が走った」という話はよく聞くけども。
  • 3章:『かぐや姫の物語』の表現手法の革新性。絵として完成されたコマでアニメーションを作ることは、高畑監督の前作『ホーホケキョ となりの山田くん』で既に実現されている他、アートアニメーションでは基本手法のひとつ。商業作品でも、『かぐや姫の物語』とは真逆の「背景もキャラと同じように描く」スタイルを採用した『REDLINE』などがそれにあたるハズ。
  • 3章:ストーリーか表現か?アニメの世界は元々、「表現」志向の作家が多かったのではないかと。宮崎駿の他にも、芝山努(宮崎の同期)、りんたろう出崎統、近年では庵野秀明湯浅政明など。(相対的に)表現が弱いアニメの大監督は原恵一トミノ監督くらいしか思い浮かばない。

*1:ちなみに嫁はクールジャパン担当官僚

*2:とはいえ、本書には伝説の人物であるビーイング長戸大幸、エイベックス松浦勝人両氏とのエピソードもあり

*3:ジブリは決して続編を作らない有名ゲームスタジオのようなもの――スタジオジブリに入社したドワンゴ川上量生氏が見た,国内最高峰のコンテンツ制作の現場とは http://www.4gamer.net/games/000/G000000/20110628048/

*4:自分が以前デジタルゲーム学会で発表した「「ゲームの面白さ」を言語化するために」(http://home.e00.itscom.net/tzk00/20111202_Web.pdf)は、ヌルいながらも似たアプローチを採っている

*5:クリエイターからは出てこない話としては、「宮崎監督は他の映画は断片的にしか観ない」というエピソードもある。普通は(宮崎駿でさえ)他の監督に敬意を払って「(表向きは)映画を(まるまる一本)観て、その上でいろいろ考えた」と書かれる所ではないか?