グラン・トリノ

なるほど、法を超越して悪をブッ殺す『ダーティ・ハリー』や、安易な勧善懲悪を許さない西部劇『許されざる者』、大統領を守ってテロリストをブッ殺した『ザ・シークレットサービス』をそれぞれ彷彿させる老いたヒーロー(イーストウッドアメリカ)、その幕引きの物語。成人男性専用映画。

タイトルになっている往年の名車グラン・トリノは、イーストウッド自身と同じ「古き良き強きアメリカ」を体現している*1が、イーストウッド自身がこの車を運転するシーンは一度も出てこない。つまり、アメリカの全盛期はとうに過ぎたのだ。

デトロイト郊外と思われる住宅地は、(リーマンショックの影響か)住宅単価が下がったらしく、黒人やヒスパニック系、アジア系移民ばかりが移り住んでくる。WASPが弱体化し、有色人種とその文化圏は拡大し、大統領も黒人になった。白人がビーフジャーキー片手にビールをくらい、バカでかい反エコなアメ車を乗り回し、なにかというと銃をぶっ放して武力で世界各国をひれ伏させていた時代が遠くなった「いま」。

このへんの感覚は本当に見事で、話がメチャメチャ小さいローカルきわまりない話なのに、ちゃんと「現代アメリカ」を感じさせる映画になっている。よくある「ガンコ爺さんが若者と仲良くなってめでたし話」になってない。

アメリカはグローバル化と引き替えに、その「強さ」を失った。9.11以後の、「強いアメリカ」の喪失は『クローバーフィールド』『ダークナイト』を生み、さらに、過去の栄光をも「それは過去の話だよ」と諭す『グラン・トリノ』を生んだ。
ここ数年のハリウッド映画に顕著な、「衰退し、世界の覇権の座を降りるアメリカ」を象徴するような一作になってる、と思う。

ラストはまぁ、アレしかないとは思うが、『荒野の用心棒』で鉄板を胸に決闘に望んだイーストウッドが、ヒーローにあーゆーラストを選択させたのは象徴的だ。俳優・イーストウッド最後の主演作として、自作自演のもとっとも理想的な形を見たかも。

*1:クルマが「大人の男」と「力」の象徴であるのは、こないだの『トランスフォーマー』と正しく同じ。GTAアメリカでバカ売れする理由もわかろうというもの