ディアスポラ

ひさびさのグレッグ・イーガン。これまでの奇天烈きわまるイーガン作品と違い、今回は未来で宇宙で人類の進化で世界の危機でファーストコンタクトで、というある意味ジャンルSFの王道というかパロディ的なモチーフを扱っている。そしてタイトルが『ディアスポラ』。イヤでもクラークの『都市と星』(舞台となる都市名がダイアスパー)を想像せずにはいられない。
…という先入観が色眼鏡となっているのかどうか、本作はクラーク作品のイーガン解釈祭りといった趣が非常に強い。未来世界で肉体を持たなくなった人類が、銀河の危機で宇宙に脱出、そこで出会う生体コンピュータである生きた絨毯、人類の理解を超えた超越的な先史文明との接触。etcetc。どれもクラーク作品で見慣れた光景ながら、イーガン流に「サイバーパンク以後」にアップデートされたディティールがクラーク作品のどれとも違う仏教SF的とさえいえる彼岸に読者を連れて行ってくれる。
そう、これは形式上の主人公こと純粋にコンピュータ上で生まれた知性である「ヤチマ」の数学的誕生から数学的涅槃へと至る、SFの聖地を巡礼する壮大な*1ロードムービーなのだと思う。
ヤチマ以外の登場人物たちが物語途中で人類の「進化」についていけず次々と脱落していくさまといい、無限に時間的空間的に広がる熱狂的な作品世界に比べて圧倒的に冷ややかすぎる*2人間の限界に対する視点といい、物理学を修めたものの病院付きのプログラマをしていたというイーガンの経歴が、そのシビアな世界観を育んだのだとの確信を深めてくれる。
ともあれ、SFにハマったことのあるすべての人に、『ハイペリオン』に不満を持った古参SFファンに、あとたぶん光瀬龍ファンにも超オススメ。

*1:時間的にも空間的にもこれ以上ないほど壮大な

*2:欲や美や興味や感動や愛を十把一絡げで「価値ソフト」という無味乾燥な言葉に落とし込むイーガン(と訳者山岸氏)の怜悧さにゾクッときた