キャプテン・フィリップス

前代未聞にして空前絶後、「映画館に居ながらにしてソマリアの海賊に襲われる体験ができる映画」がやって来た!
な…何を言ってるのかわからねーと思うが(略)
多分に「アメリカの正義」を告発する軍事アクションスリラー大作『グリーン・ゾーン』が興行的にコケてハリウッドの風雲児グリーングラスの命運もこれまでか――、と思われたのもつかの間、舞台をユニバーサルからコロンビアに移し、しっかり『ブラディ・サンデー』『ユナイテッド93』路線のゴリゴリのドキュメンタリーをまたしても繰り出してきたのが本作。
そう、数々の感動作でタイトルロールを演じたトム・ハンクスが主演で、「生きて還る――」とか「感動の実話」とか銘打たれて宣伝してますが実際この映画、いわゆるそういう「感情を掻き立てられる」タイプの映画とはちと違う。あえて言うなら、「感情を奪われる」タイプの映画。海賊映画としては『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズよりその原作のアトラクション「カリブの海賊」や「ホーンテッドマンション」により近い、ライド型とでもいうべきショックのつるべ打ちと圧倒的な臨場感を武器に、感覚が麻痺してしまうような「非日常体験」をさせてくれる。
とにかくこの作品、他のパニック映画のように泣いたり笑ったり怒ったりしている余裕がほとんどない。観客にひたすら極度の緊張と恐怖とを絶え間なく食らわせ続け、2時間以上の尺をまったく感じさせない。本当に短い時間に起きた事件を再現した『ユナイテッド93』もそうだったが、こちらも本当にひりつくような緊張感を全編に漲らせたフィルムだ。遊園地のアトラクション同様、心臓の弱い人にはお勧めしない。
その極度の緊張を観客に強いるのがソマリア海賊を演じるの4人の若者なのだが、太り気味のトム・ハンクスが余裕の演技で船長を演じる一方、海賊役の彼らはもう本当にリアル海賊にしか見えないギラついた目と乾いた諦念を抱えて堂々とオスカー俳優と渡り合う。リアリズムはキャスト以外にも全編で徹底され、この「ライド型ソマリア海賊体験ツアー」に有無を言わさぬ説得力を与えている。よくこんな企画をエンタメとして通したし、よくぞここまでテンションを切らずに作り切ったものだと感服させられた。
押井守は予言的なテロリズムをフィクションで描いたあと、現実に追いつかれてしまったとしてテロ映画を自らに封印した。その「いまここ」にあるテロリズムを真正面から描き、あまつさえ人間のアイデンティティを土台から揺るがすようなエンタメとして観客に体験させてしまうポール・グリーングラスは本当に只者じゃない。監督は21世紀のコスタ=ガブラスだと深く確信した次第。
いわゆる「感動」「ヒューマニズム」とはちょっと外れた作品のため、評価は高くとも本作はオスカーを獲るような映画ではないだろう。だが、これからもこの作品は、2000年代初頭のソマリア海域の空気を観客に否応なく肌に刻みつけていくはずだ。
しょぼくれたシリアスゲーム作家のはしくれとしての自分も大いに力づけられた。ちなみに、ソマリアの海賊を題材にしたシリアスゲームはすでに存在している。

ソマリア海賊になれるゲーム:ビジネスとしての海賊 http://bit.ly/19t4Dsv