ラーメンと愛国

世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」から最近流行りの「作務衣系ラーメン屋」までを縦軸に、戦後日本の価値観の変遷を明らかにしようとする、例によってタイトルからちょっと想像しえない大胆な研究本。

中国由来の「中華そば」*1が、アメリカの小麦政策の後押しを経て、「和」の押し売りのような筆文字びっしりの「麺屋」の食べ物に変貌する。その不思議さを、片岡義男の描いたナポリタンから、PDCAで有名なデミングの生産管理術、藤子マンガに登場するラーメン大好き小池さんなど、一見バラバラな分野を動員して明らかにする帰納的なアプローチは、先日読んだ『銃・病原菌・鉄』とも似て刺激的だ。また、アメリカの小麦政策に対して、「パンじゃなくラーメンで」対抗しようとする安藤百福の反骨は、同じくアメリカのグローバリゼーションに反旗を翻す、「フォークランドの敵をサッカーで討った」マラドーナを彷彿とさせる。*2

ラーメン屋の「作務衣化」は同著者の『自分探しが止まらない』でも「ラーメン屋が作務衣を着るのはなぜ?」(第3章)でも取り上げられているが、『自分探し〜』ではやや好意的な取り上げ方をされていた作務衣文化は、こちらでは「ラーメン偽史」の象徴としてバッサリやられている。相田みつを以来の筆文字ポエムといい、こうした即席=インスタントなナショナリズム*3を暴く著者の筆は痛快だが、「しかし、とはいえ我々にはその偽史しかないのだ」という諦念というかある種の開き直りも、幻の最終章には記されている。

個人的にちょっと物足りなかったのは、本作でアップデートされた「男ヤンキーポエム」文化に対する、「女ヤンキーポエム」文化が今回の本にはなかったこと。著者、速水氏の前作『ケータイ小説的。』のテーマだった、自省的で内向的な女ヤンキー文化がその後どこへ向かったのか、「ソトコト」的な山ガールとなってスピリチュアルに統合されてしまったのか。このへん、異色のスローフード系ラーメン屋『太陽のトマト麺』あたりをとっかかりにしたやつを読みたかったなー。
まぁそれは無茶な注文として、今回も、ラーメンというより、日本人の価値観の変遷を紐解く読み物としてオススメ。「ラーメン二郎」ブームを「ポケモンスタンプラリー」と絡めて論じてみたいゲーム屋もどーぞ。

*1:ちなみにこないだ作ったSLG『明治新聞王奇譚』http://hw001.wh.qit.ne.jp/tzk00/ でも、横浜港などから中国など外国の食文化が日本に浸透する過程を取り上げてる

*2:映画『マラドーナ』の感想 http://d.hatena.ne.jp/SiFi-TZK/20100207#p1

*3:そういえば「なぜ作務衣なのか」はあったが、「なぜ店内BGMがジャズなのか」は女性客を狙って、としか書かれていなかったように思う。ただこれも、YOSAKOIなどと同様「テーマは和風だが材料は手持ちのジャンクから」ということなのだろう