銃・病原菌・鉄

これはすごい。目から鱗の連続。
生物学者の著者が、ニューギニアの政治家の発した疑問「なぜ欧米人は様々なものをニューギニアに持ち込んだのに、我々が欧米に出せるものがないのか?」から、「世界の富の不均衡」の答えを求め、生物学、遺伝学、疫学、言語学などを縦横に駆使し、その究極の原因を「ユーラシアは東西に広い大陸で、他の大陸はそうではなかったから」と結論するまでを解説した大著。

文献からたどる歴史本と違い、人類史を科学として扱う、本書独特の面白さは新鮮でかつとても刺激的。理系の人間が楽しく読める歴史書だと思う。

もともとは、日本人の価値観の源流は日本の地理的な環境にあるのでは? という疑問からこの本を手に取ったのだが、その点についてもかなり納得がいった。
本書によれば、戦国時代に質・量ともに世界一まで上り詰めた日本の銃生産技術は、江戸時代で急速に後退・衰退してしまった。武士を頂点にいただく階層社会が武士の象徴である「刀」を称揚した一方、銃を蔑み日陰に追いやったのだ。徳川幕府統一後の鎖国時代、戦争の技術を向上させる動機が薄かったことも、その衰退を後押しした。

そして、日本人には銃を蔑み、刀を賛美する価値観が残った。これは日本にながらく銃をメインにしたヒーローが登場しなかった*1理由でもあるだろうし、現代のゲームにすら影響を与え、「正義の味方ごっこ」をするのに際して銃が「正義」と馴染まない、という齟齬を生んでいるのではないかと思う。逆に、ガンシューFPSアメリカで人気があるのも、基本的に「銃を正しく(技術的にも倫理的にも)使える者がヒーローになる」という価値観による部分が大きいのではないだろうか。

こういった、遠大な演繹的手続きを歴史に密着させるミステリ的な醍醐味に加え、惑星としての地球を大陸単位で捉え、一万数千年を扱うタイムスケールの大きさのパースペクティブがSF的な興奮をも与えてくれる。そして、複数の科学分野の知見を縦横に引用する作者ダイアモンドの手際は、まさに『宇宙船ビーグル号』に登場するネクシャリズム(総合科学)を彷彿とさせる。
SF的な興味のなかでも、南北アメリカ大陸のアステカ、インカ帝国に言及した箇所は別格だ。彼らを負かしたのはスペイン人の武力だが、民族を滅亡に追いやったのは征服者の持ち込んだ病原菌だった。そして逆に、アフリカなどの熱帯地域においてはヨーロッパ人はマラリアなどの土着の風土病に冒され、ついにその地に定着することはなかった。

『明治新聞王奇譚』(http://hw001.wh.qit.ne.jp/tzk00/)の制作中、日清戦争末期、日本が英国のみと裏で交渉してたのがバレて三国干渉を招いた事実を知った。英国が中国の覇権を目指していたまさにその時代、日清講和の3年後に、H.G.ウェルズは圧倒的なテクノロジーと暴力を持つ侵略者を描く、『宇宙戦争』を発表している。

もうすっかり周知の通り、『宇宙戦争』のラストはその科学と暴力の化身である侵略者が土着の病原菌で死滅することで決着する。このオチは皮肉でもギャグでもなく、人類史に何度もあり、まさに、大英帝国(ウェルズはイギリス人)が世界において直面した問題そのものでもあったのだ。
宇宙戦争』の書かれた当時(19世紀末)のイギリスの時代背景を考えると、ウェルズのその露骨ともいえる痛烈な批判精神には恐れ入る。

…かように、人類史を科学者の手つきで扱うこの本はSF的な面白さを提供してくれる。病原菌の立場で淘汰と進化を解説する章など、そのまま宇宙生命体の進化論として即応用可能だろう。

図書館で借りた本だが、これは買って手元に欲しいと強く思わされた。「世界を見る目」が変わる、恐るべき書物だと思う。超おすすめ!

*1:日本オリジナルの拳銃ヒーローで最初にメジャーになったのはやはりルパンだろう。ルパンは007の影響が強く、その洋風の価値観が当時新鮮だったのだと思う。