諜報・工作 ラインハルト・ゲーレン回顧録

横浜図書館のネットワーク万々歳。というわけで読了。
ナチスドイツ時代、陸軍参謀本部で対ソ連情報収集を行っていた東方外国軍課長にして、戦後西ドイツの諜報組織ゲーレン機関のちのBNDの初代長官となったラインハルト・ゲーレンの回顧録、という触れ込み。英語版の題名『SERVICE』からこの邦題になったらしいが、元のドイツ語題はどうだったんだろう。気になる。

こないだ『ワルキューレ』と『イングロリアス・バスターズ』(こっちは史実無視だけど)を観たばっかなので、敗色濃い時代のドイツ軍内の描写は、当事者のみが持ちうるリアリズムで面白い。
ワルキューレ』で描かれたヒトラー暗殺計画*1の動機が、参謀本部とSSとの軋轢と、それもあって暴走するヒトラーの無茶な戦略の排除とにあった、というのはなかなかリアル。自由とか人道とかまったく関係ないのがいい。
ゲーレンもこの作戦を知っていて*2、入院中のためバレなかったものの、けっきょくはSSによって解任されているあたりも、敗戦国にありがちな内部からの崩壊を感じさせて味わい深い。

その後ゲーレンが収拾した情報を元に、「米ソが対立し、ソ連の情報をアメリカが欲するはず」として、「敗戦後のドイツ」に向けて着々と準備を進める姿はなかなかスリリングだ。米軍に投降するあたりの綱渡りはまさに映画のようなサスペンスで、山越えのシーンも含めて『サウンド・オブ・ミュージック』を思い出した。ゲーレン達が終戦後しばらく身を隠していた山荘の写真や、『ワルキューレ』でトムクルが演じたシュタウフェンベルクとゲーレンが談笑するスナップがあったりとか、この本、資料的にもなかなか貴重なんじゃないかと。絶版だけど。

あと、対ソ諜報についての心構えを説く本書の後半部、BNDを弱体化させ東ドイツに譲歩の姿勢を示していた当時のブラント政権の批判で終わっているのも面白い。奇しくも本書の出版から数年後、ブラントの秘書ギュンター・ギョームが東ドイツ諜報機関HAVのスパイとして逮捕されており、ゲーレンの懸念が裏打ちされた格好になってる。このへん、本来国内で動けないはずのBNDが影でどう動いていたか、フィクションのネタとしては大いに想像をかき立てられる。

西独の対外諜報機関BNDと対になる東独HAVのスパイマスター、マルクス・ヴォルフの評伝『顔のない男』との比較で言うと、ヴォルフはギョーム(とHAV)の実績を自画自賛していたが、せっかく得た親東独派の政権を倒してしまったことで西独市民に改めて反東独の気運を与えたのは、トータルな視点での東独の政治戦略としては失敗だったと言えるのではないかと思う。スパイの世界はなかなか奥が深い。
元スパイの書いた本としては、防諜の現場を描いた『スパイキャッチャー』と並んで超お勧め。再版希望!

*1:暗殺計画のカモフラージュに使われた非常事態用の作戦書が「ワルキューレ作戦」というらしい。ちなみにイングロもヒトラー暗殺計画の話だが、こちらはまったくの架空の作戦

*2:このへんは本人の自己申告なので、戦後自分に有利に立場を変えた可能性もなきにしもあらず