ブラディ・サンデー

北アイルランド、デリー(ロンドンデリー)で起きた市民虐殺事件のドキュメンタリー。
既存の映画文法を無視し、政治的には客観性を保ったまま、観客を事件の当事者として、容赦なく虐殺の現場に同席させる。グリーングラスが後に撮った『ユナイテッド93』を除き、かつて観たこともない、パワフルでオリジナルな映画だ。
ベルリンで金熊賞を獲ったにも関わらず、同時受賞した『千と千尋の神隠し』ばかりが話題になり、日本ではこれほどの傑作が未公開となったのはけっこう恥ずかしいことのように思う。

これは、「日常」がいかにして「戦争(紛争)」になりうるか、のプロセスを描いている。イケメン主人公が「オレは絶対に貴様を許さないッ!」とか言ったりしない、日常と地続きの、ちょっとした行き過ぎ、行き違いがもたらす取り返しのつかない惨劇と、それが自己保身と組織の論理でもって隠蔽され、繰り返される愚行を、凄まじい「怒り」をクレバーな臨場感に換えて描いている。
グリーングラスは元ジャーナリストらしく、(特に日本の)エンタメによくある「強い思いこみ」を慎重に排し、客観性を保ちながらも、それでいてこれだけ高いテンションを全編に漲らせている。本当に稀有な才能だと思う。
見終わって、やっぱりアラン・ムーアの『V・フォー・ヴェンデッタ』を思い出した。
同世代の英国人であるムーアとグリーングラスには、個人の弾圧と管理社会*1に対する共通したスタンスを感じる。俺が映画やマンガ、小説、ゲーム、コメディなんかで英国作品に惹かれるのは、やっぱりこの「権威やイデオロギーを疑ってかかる」疑り深いイギリス人の感性にシンパシーを感じるからかも。

*1:もちろんこれらはサッチャー政権時代に代表される「イングランド政府」の変形でもある