ノーカントリー

『No Country for Old Men』が原題。直訳するなら「ジジィには国はない」だろうか。
題名通り、トミー・リー・ジョーンズ扮する初老の保安官が、ひたすらぼやく。80年代が舞台だが、「わしゃ、最近の犯罪はワケわからんよ」という彼の嘆きは明らかに現代人のそれで、そのせいなのか、彼は最初から最後まで徹底して傍観者・語り部に留まっている。
主役はベトナム帰りの密猟者(薬莢を拾う描写があるので)と、彼を追う狂気の殺し屋。
この殺し屋、アントン・シガーが出色。まさに9.11以降の現代の「コミュニケーションできない悪」のカリカチュアになっている。その成分は、「レクター3割:ターミネーター7割」といったところか。なにか哲学的なようでいて、でもつかみ所のない会話が、絶望的なディスコミュニケーションと、強烈なサスペンスを醸し出す。撮影のせいなのかロケーションのせいなのか、シガーの狂気が支配するねっとりした空気は、まるでデビッド・リンチ作品のようだ。
が、こいつはコーエン兄弟の作なので、作品自体は狂気から距離を置き、数少ない登場人物を無造作に皆殺しにするシガーさえも、突発的な暴力からは逃れられない。
テーマはわかるけど、ちょっとテーマ寄りすぎな感じ。もっと娯楽寄りにもできたのに、そうしなかったクレバーさが小賢しい感じで残念。
まぁ、ここんとこのコーエン兄弟の映画ってみんなこんな感じのような。
ハビエル・バルデムの怪演はすごい。スピンアウト物の『アントン・シガーの冒険』が出るね、これは!(←出ません)