なぜドラクエはあれほど流行したか

■「ドラクエ」へとつながるルーツ ゲームの進化をたどる(上)@新清士のゲームスクランブル

 どちらも、ルーツは米国にあるが、日本で「遊びの継承」が起こり独自な発展を遂げた。元のゲームとはまったく違うゲームへと進化していったのである。

うーん、こないだの島国さんのといい、なんかドラクエをサカナにRPGの歴史を紐解く、ってぇのがブームなんだろーか。
それにしても、ドラクエ1の時点で話を終わらせちゃうと、なんでRPGがこれほど日本人のココロを掴んだのか、がやっぱりわからない。
仮説としては、やっぱり「ジャンプフォーマット」に乗っかってるから、というのはある。堀井雄二自身も週刊少年ジャンプの関係者だが、たとえばADVのポートピア、オホーツクなんかはジャンプっぽさはまったく感じられない。ある意味ジャンプISMの体現者たる鳥山明のデザインを得た『ドラゴンクエスト』で初めて堀井は、「異世界冒険+バトル」という、鳥山の代表作『ドラゴンボール』と共通のフォーマットを採用している*1
その鳥山明自身も、ドラクエのキャラデザを引き受けたことによって、なんらかの影響を受けたと考えられる。特に、敵の強さが数値表示される「スカウター」、そして、内面的成長とは関係なく、ひたすら戦って強くなるだけの主人公は、『ドラゴンボール』が『ドラゴンクエスト』から逆輸入した要素ではないだろうか。
そしてドラクエIIと、『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』。ここに、『風魔の小次郎』や『北斗の拳』から連なる「異世界冒険+バトル」と「友情・努力・勝利」の方程式、すなわち「ジャンプフォーマット」はドラクエシリーズにおいても徹底的に踏襲されるに至り、ついにはジャンプそのものと一体化した。
と、考えると、やっぱジャンプ黄金期の盛り上がりとドラクエシリーズのヒットというのは、直接的に関係していた、と考えられる。ライバルと目されたFFシリーズが決定的にドラクエのフォロワーから抜け出し、独自のファンを多数獲得したFF7の登場はジャンプ黄金期終了直後の1997年だから、ドラクエはゲームではなく、出版の世界から生まれ、育まれたヒットと考えるのが妥当なような気がする。

*1:これは、元ネタのWizやUltimaもそう