闇の奥へ

ようやっと読了。ただでさえブ厚い上に上下巻、しかも内容はノンストップでスリルとサスペンスのつるべ打ち、と来た日には、読み終わってぐったりもしようというもの。
クレイグ・トーマスは久々だが、これはまごうことなき傑作。ミステリ的なツイストはないが、とにかくこの緊張感とドライブ感をこれだけぶっ続けで綴る豪腕に、細かい不満とかを差し挟むのは無粋な気がする。あんまりガラのよろしくない主人公パトリック・ハイドの激しい気力の起伏、焦燥と緊張、その解放される瞬間の暴力的な開放感に、ワンパターンとはいえ何度も何度も心臓を鷲掴みにされた。「どんな危機を切り抜けようが、主人公にご褒美などやらん! そこで次なる危機を食らわせねば、冒険小説なんて成り立たんのだ!」と言わんばかり。やっぱトーマスはこのへん巧いなぁ。
タイトルの『闇の奥へ』は原題と異なる日本版オリジナルだが、これはコンラッドの『闇の奥』を意識してのことらしい。中盤で登場するハイドの宿敵ペトルーニンがアフガンの戦場で原始の暴力嗜好を開花させ、単なる暴君となったのを見て、ハイドが『闇の奥』のクルツ*1のようだ、と評する。ちょっと文学的な匂いがなくもないが、アフガンは中盤のクライマックスではあってもストーリー上では通過点でしかなく、その意味でちょっとバランスを欠いた邦題といえる。
他にもスパイの街、ウィーンでは観覧車をみて『第3の男』を連想したりとか、トーマスのキャラはフィクションをよく読み、観ているのが、ちょっとメタっぽくて面白い。
しかしなんだな、これ読むと、小説家も実は体力勝負なのかも、と思わされる。クレイグ・トーマスとか福井晴敏とか、一部の冒険小説家限定かも知れんけど。

*1:地獄の黙示録』でいうところのカーツ